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クロウちゃんが相変わらず最低







 引き上げられた口の端は、本当に笑っていたのだろうか。今になって思うのはそればかりだ。

「ロックオンの話か…お前、本当に聞きたいのか?」
 酒の席での話だった。ふと会話が途切れアルコールのまわりきった思考が姉の面影を追いかけはじめ、ちびちびとウィスキーを舐めていたクロウに問いかける。「姉さんは、どんな女だった?」
 濃紺の瞳が一瞬大きく見開かれ、それからゆるく微笑むように細められる。自虐的に見えるそれに気付かずライルは大仰に肩を竦めた。
「あぁ、刹那やミシェルたちから見た『理想の姉』みたいなあの人じゃなくてあんたの口から聞きたいね」
 面倒見がよく、仕草が柔らかで、少し抜けたところもあるがスナイピングを外したことがない、ライルはそんなことが聞きたかったわけではない。もっと生々しい、ライルを捨てて出て行ったあの女の事が知りたかった。
 一人で生きてきたのか、誰かを愛していたのか、幸せだったのか。もし幸せだったならどうして。
「って言ってもな、おおよそあいつらと同じようなことしか言えないぞ。名スナイパーでチビどもの面倒良く見て、フェルトなんかには本当の姉貴みたいに慕われて」
 何かを思い出すかのように中空を彷徨っていたクロウの視線がライルに向けられる。面影を探すかのようにじっと見つめられる瞳に不快感を覚えながらも話題を振ったのは自分だと、文句を堪え次の言葉を待つ。
「料理はそんなにうまくなかったし、割とがさつだったな」
 どうせ芋料理とシチューしか作らなかったのだろう。おぼろげな記憶から、もう二度と口にすることはできない味を思い出そうとしてやめた。
 人を忘れるのは声からだと言う。ソレスタルビーイングに参加して映像で見た姉の姿はまさに自分を女にしたらこうだっただろうと思わせるほどそっくりで不気味に思ったが、スピーカーから聞こえてきた声はまったく記憶にない女の声だった。
 もう二度と肉声を聞くことはできないので、それが本当に姉の声なのかライルには判断が付かない。シチューも、少しばかり塩の効きすぎた味をしていた気がするがもう確認することはできない。
「あんまり自分の身なりに頓着してなかったからいつも硝煙とオイルのにおいさせてたぜ。その割に化粧はちゃんとするから刹那なんかがファンデーションの匂いを嫌がったりな」
 低く笑うクロウがグラスをあけたのでボトルをつかみ継ぎ足す。ついでに氷も入れてやれば苦みを帯びた小さな声が呻くように礼を言う。
 酔っぱらった頭でもさすがにクロウの様子がおかしいと片眉を上げて顔を見た。
「あぁ、いや。…あいつはそんなことしなかったから少しな」
 なるほど、がさつという評価はそこから来ているのか。少しばかり納得して違和感に首を傾げた。
 子供たち相手には甲斐甲斐しいほどの世話を焼きたがったくせにこの同僚に対してはそうでもなかったのだろうか。訊ねなくてもわざわざ話に来た青山の話とは少し違う気がした。
「…目の色も少し違う。あいつのはもっと」
 そこではっとしたようにクロウは口をつぐみ、背の低いグラスになみなみとそそがれたウィスキーを飲み干した。そのまま手酌で継ぎ足そうとする手からボトルを奪いとり、じっと目を見る。濃紺の瞳は後悔しているように視線を逃がした。
「詳しく聞く気はないさ。あの人が誰と何してようがな」
 過去の事だ。もう一年も前にあの女は死んでいる、そう聞いた。きっと、幸せな死に方ではなかったのだろう。もしくは、手に入れかけていた幸せを投げ打ってでも手に入れたい何かがあったのかもしれない。
 ライルには分からない。
「少しばかりほっとしたぜ。あんまり刹那やティエリアを可愛がっていたみたいだったからな、そっちの趣味でもあったのかと勘違いするところだった」
 わざとおどけるように肩を竦めて見せればクロウは苦笑してグラスを置いた。かけていたコートを羽織る足元はふらついてはいない。
「そういう仲でもなかったんだけどな。素のあいつの話聞きたいんならおやっさんかスメラギさんに聞いた方が良いと思うぜ。俺よりも付き合いが長い」
 そういう話が聞きたいわけではないと分かっているだろうに、クロウは自分の失言をなかったことにしたいのかそう言って出て行った。
「目の色ね、それが分かるほど近い位置に居たって事かよ」
 おかしい事ではない。気の合う男女、それも戦闘中の高揚に当てられればそうなってしまう事もあるだろう。周囲の誰にも気づかせずに想いを育てて行ったのなら尊敬に値するがそうではない行為もある事を知っている。
 果たしてそれはクロウとニールにとって幸せなことだったのだろうか。ライルは思考を放棄してグラスを空にした。




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