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 やっとお友達らしくなってきました。もうちょっと続きます。






 そんな恰好で外をうろつくなと怒鳴り散らしたい気持ちを押し込めて、シュヴァルベを見上げているアインの尻を蹴り飛ばした。バランスを崩し肩から落ちかけた灰色の軍服を掴み腕を拘束するように力強く前を閉め、周囲で鼻の下を伸ばしていたクルーを牽制するように睨みつける。
「あっ、アスカさん!?何をするんですか!!」
 隙間から見える胸だけを覆う黒い布、こぼれんばかりの乳房に嫉妬を覚えないでもない。見せても平気な下着だと言う事は知っているがせめてシャツを一枚中に着るなど思いつかなかったのだろうか。傷に障るのかもしれない、現に今もアインはわずかに眉を顰めている。
「怪我もまだ治ってないのにそんな恰好で出歩くな!」
 結局言ってしまった。押しこめられたことによってより強調されることになったアインの豊かなそれに厳しい視線を落とせば困惑している夜色がシンの顔を至近距離から見つめた。スレイプニルにうつってからはアインに絡む輩は居ないが、男所帯の中で挑発するような行為は双方のために避けるべきだとシンはよく知っている。
「どうしてもシュヴァルベが気になって」
 上手く肩が上がらないから軍服は引っ掛けるだけになってしまったと困ったように言うアインに他意はない。それなりにこの世界で過ごしてきたシンにも少しだけ分かってきたが火星からやってきたというアインを貶めるために手段を択ばない輩はどこにでもいた。
 最初に拾われた監査局の艦にも地球外縁基地にも。このスレイプニルで表だってアインに暴言を吐くものがいないのは艦の持ち主であるボードウィンの嫡男の従卒として動いている者相手には絡みづらいからだろう。
 この艦に移ってからようやくシンの監視は少しだけ緩み、アインは一層ガエリオの隣に置かれるようになった。今はシンが一人で部屋から出歩くことも許可されている。
 それでもできるだけアインと一緒に動いているのは異世界からの珍しい赤い軍服がいればアインの灰色もそれほど目立たないのではないかと考えたからで、結果として前よりも彼女と一緒に居る時間は長くなった。
「整備長を信じろよ。俺のデスティニーだってここまで綺麗にしてもらったんだから」
 フィンファンネルのかすった部分は綺麗に塗装しなおされている。VPSはさすがに再現できなかったためそこだけ色づいているのは不思議な光景だ。
「えぇ、本当に。この艦の整備士の方々は優秀です」
 アインのしみじみとした言葉に何人かの若い整備士が得意げな顔をするが整備長にどやされて仕事に戻って行った。
「それで、せめて肩に羽織るんじゃなくて袖ぐらい通せよ。ほら着せてやるから腕を浮かせて」
 アインの肩から軍服をおろし素直に浮かされた腕に通す。剥き出しの背中に幾つかの視線を感じただろうがアインは表情を変えない。
 ようやく体を離したシンに気づかれないように小さく息を吐いたようだがばればれだ。人と接することに慣れていない。アインのパーソナルスペースは広かった。人とは必ず一歩以上離れて対する、上官の後ろにつくときは二歩、食事を取る時は椅子一つ分。
「さっきまで特務三佐と話ししてたみたいだけど何かあったのか?」
 野良猫と接しているような気持ちになりながらアインの警戒しない距離まで下がり、先ほどまで彼女が見上げていた紫のシュヴァルベを見上げる。
 先の戦闘の破損が嘘のように修繕されているそれは歴戦の、というには些か足りないがそれでもたくさんの修繕のあとが見られた。
「無理をするなと、焦っても仕方ないことはわかっているのですが」
 ほんのわずかに声色のかたさをとったアインは今自分がどんな顔をしているか分かっていないのだろう。愛おしげに、慈しむように目を伏せる横顔は美しかった。
「俺も心配だ。なんてったって、アインはこの艦で唯一のともだちだしさ」
 俯いていた顔をゆっくりと持ち上げるアインは困ったように眉を下げてシンを見た。僅かに灰色の虹彩が散る深い藍色の瞳が地球で見た夜空のように輝いていることをいつか伝えられるだろうか。その光景を、星の瞬く夜空を一緒に見上げてみたいと誘ったとして、そこへアインを連れて行くのはシンの役割ではない。
 困ったようにゆっくりと瞬きをしたアインが決心したように深く息を吸う。軍服の袷から薄い腹が深呼吸によってわずかに覗いた。
「アスカさん、もしこの先私が倒れるようなことがあれば、あなたはあなたの信じる正義を守ってください」
 何を、小さく息を吸い込んだシンにアインがほんのりと微笑みかける。初めての笑みだ、悲しいほど透明な顔をして笑うアインの瞳は優しさを包み込んで視線が真っ直ぐにそそがれた。
「私も、かつて上官にそう教わりました。真っ直ぐなあなたの瞳が信じているものを守ってほしい。それが、私を友と呼んでくれるあなたへの唯一の願いです」
 アインが好意でシンについているわけではない事を知っている。たかが火星の新人三尉にそんな権限はない。それでも、積み重ねた時間は絆になるだろう。シンは夜色に潜む決意と悲しみと、優しさを見た。
 かつて喪った上官と、少女と、親友を想う。シンの背を押してくれた彼らのためにも今も同じ宇宙で戦っているだろうカミーユ達の為にもシンは倒れる事は出来ない。
「あぁ。俺は俺の正義を守るよ、お前と同じように。ステラのくれた明日を守らないといけないんだ」
 拳を打ち合うつもりで右手を持ち上げる。アインはわずかな微笑みのまま腕をあげようとはしない。そこが精いっぱいの譲歩だったのだろう、だからシンはいつものように強引にアインの右手を取って黒い手袋に包まれた小指と自分の小指をからませた。
「アスカさん?」
 きょとんと目を丸くする、火星にはこの風習がないのか。シンはにっこりと笑って口を開いた。
「日本だとこうやって約束するんだ。ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲ますって」
 この世界では日本の地名も戦争の果てに消えてしまったらしい。ゆびきった、と言って冷たい手袋から手を離した後もアインはしげしげと自分の小指を眺めていたのでシンは声を上げて笑った。



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