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冬の隼竜編。




「一緒にいくか?」
雪の降る深夜に問われた言葉は心の真ん中に落ち着き、それがとても自然なことに思えた。いつだったかこの男にもらった赤いマフラーの下で小さく笑って隣に並ぶ。少しだけ上の位置から無表情に伺ってくる男に顔が見えないようにうつむいて沈黙する。しばらく無言のまま並んで歩き続け男が小さくため息をついて顔を上げた頃を見計らい黒い皮手袋に包まれた男の長い指に触れた。雪にぬれて冷たい革を少しだけ握れば男の肩がいささか大げさに揺れる。男が笑った気配、そしてそう大きさのかわらない手が竜馬の手を包み込むようにして握る。
 しんしんと雪は降り続く、この調子では明日は積もるだろうか。だが新しい職場に向かうには問題ないだろう、なんたって次の店は今から向かうこの男の新居の一階にかまえているのだから。
 まさか男の引っ越したいやに広い部屋に自分も一緒に住むことになるとはこの時つゆほども思っていなかったのだが。



 深夜12時をまわり客がカウンターの一人になったことを確認してボックス状になったテーブル席をカーテンを引いて隠した。21世紀警備保障のサラリーマン達は帰ったし、隣の美容室の店長は今日来る気配はない。常連であるこの会社役員の男もそろそろ彼の連れである大学で教授をしている青年が迎えに来るのだろう、先ほどから時計ばかりを気にして次の注文がない。鬱陶しいのでたたき出してしまいたいのだが竜馬はあえて無視して黙々とグラスを磨いた。10分もたたないうちにからん、と涼やかな音をたて扉が開く。高校生のようなダッフルコートの肩に少しばかり白い結晶を乗せた茶色い髪の青年がひょこりと顔をのぞかせた。
「あなたは・・・明日も仕事なんだろう?何をしているんだ」
ため息交じりに呟きながら入ってきた青年用に水を用意して金髪の男の隣の席に置いてやると苦笑して目礼を返された。そんな竜馬と青年のやりとりを見ないように男は顔をそむける。
「いつまでも帰ってこないお前が悪いんだろう」
多少ばつが悪そうに拗ねてみせる男にそう言う姿は悪いが年上には見えない。
 アルバイトの高校生たちがやれ期末が、テストが、赤点がと騒いでいたように、12月の年の瀬が迫ったこの時期は大学生にとっても卒論の締切で忙しいに違いない。若干29歳で大学教授となった青年は深くため息を吐き男の耳元に口を寄せる。
 馬に蹴られるのはごめんなので棚を整理をするふりをして二人に背を向け見えない、聞こえないふりをした。
「会計を」
そういって立ち上がった男に先ほどまでの不機嫌さは欠片もない。青年も深い疲労を見せているものの仕方ないというように口元は微笑んでいる。手早く会計を済ませて送り出した。
 外開きの扉から見えた外は日付が変わる前には降っていなかった雪が結構な勢いで降っている。グラス2つをカウンター内のシンクに下げテーブルを拭いてしまえばやることがなくなってしまった。珍しく一人も客のいない店内は静かに流れる有線の音楽放送しか聞こえない。ぼんやりと左手の薬指にはまっているシルバーリングに触れた。
 この店に移って来てからたかだか3年。されど3年と言うべきだろうか、2年前オーナーが突然連れてきた借金持ちの店長とそれから増えたアルバイトに業務の拡大を思い出し以前の店ではなかった波乱の日々に小さく笑った。
「今日はもう客来そうにないし、閉めるか」
奥で事務仕事をしていた借金持ちの店長が目頭をもみながら出てきた。年末調整に確定申告、やることは山積みだ。
 初めて会ったときはまさか6つも年下とは思わなかったこの男、まだ22歳らしい。
「雪も降ってるしな、こんな時間に出てくるやつなんざいねぇだろ」
げっ、と男の嫌そうな顔を背中で聞いてシンクの中の洗い物を片付ける。
「さっきカミナも裏から帰したしあとは戸締りだけ俺がしておくから帰っていいぞ」
サーバの口に栓をしながら男が言う。今日は予約もなかったので夜番は竜馬とカミナだけだった。
 元々バーだけだった店をオーナーの我が儘でバイトを雇うと言うことでカフェの営業も始めた。必然と社員の勤務は2交代になり仕込みから8時までの昼番と8時から片付けまでの夜番と別れている。竜馬は基本的に夜番だ。
 時計を見ればちょうど2時を回ったところでいつもより1時間早い。明日は日曜で定休日だ、男も早く帰りたいのだろう。ありがたく上がらせてもらうことにしてロッカー兼事務室に下がりサロンを外してコートを羽織った。裏口から外へ出れば冬の冷たい空気に身を震わせる。業者に回収してもらう予定のポリバケツには薄らと雪が積もっていた。
 早足にロビーの方へ向かいロックを開ける。エレベーターに乗り込んだところでようやくほっと息を吐いた。最上階のボタンを押し壁に体を預けて再び指輪を触る。体温の移ったそれを身に付けることはいまだに慣れないが家の外に出るときは必ずはめるようにしている。理由は、特にない。
 軽快な音を立てて最上階についたエレベーターから降り冷たい扉に手をかけ鍵を回した。玄関は外気よりも温度が高くほっとする。靴箱の上の定位置に指輪と鍵を置いて居間へ向かう。
 事務仕事のために昼番にあてられていた隼人は起きて待っていたらしい。電気の付いている居間の空気はストーブで暖められテレビは深夜の通販番組を映している。おや、と首を傾げソファに座りこちらに背を向けている隼人に近づいた。隼人はこの手の番組があまり好きではなかったように記憶している。不審に思いながら最大の注意を払って近づく。以前狸寝入りしていた隼人につかまって大変なことをされたことがあるので警戒は怠らない。
 そっとソファをまわりこんでみると手には読みかけだろう文庫本が半分落ちかけるようにして握られ眉間に皺を寄せて小さく寝息を立てていた。そっと手を伸ばして文庫本を抜き取るが目を開く気配はない。大きく息を吐いて肩の力を抜く、どうやら本当に寝入っているようだ。よく見れば目の下にはうっすらと隈がある。そういえば最近は忘年会だなんだと忙しくまた一応副店長の隼人には事務仕事も降られて忙しかった。
 隼人ひとりくらい寝室に運ぶのはわけないがよく眠っているのを起こして不機嫌になられても面倒くさい。少し考えて毛布を二枚寝室から持ってきた。1枚を隼人の肩にかけもう1枚を自分にまきつけてソファを背もたれにし床に座った。毛足の長いラグは床暖房と相まって快適だ。ひとりベットを使ってもよかったが寝室は寒く布団は冷たかった。
 いろいろな理由を並べつつ竜馬は隼人の膝に頭を寄せて目を閉じた。窓の外は深々と雪が降っている、明日は少し早く起きてゆっくりするのもいいかもしれない。同じマンションに住んでいるバイトの学生たちが訪ねてくるかもしれないが。静かな休日に思いをはせながら竜馬の意識はゆっくりと沈んでいった。

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