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告白もしていなければ付き合ってもいません。


 最近どうにも自分を持て余しぎみだ。例えば暇があれば足しげく日本に向かうこと。例えば通された従業員用の休憩室から見える台所へ向かう背中。
「連絡くれればもうちょっとましなもの用意できたのに」
苦笑しながらも料理する手は淀みない。随分夜も更けた時間に押し掛けて食事を所望しているのだ、贅沢など言わない。風呂もいただいて汚れていた服は女将の手によって洗濯機に突っ込まれた。その間に甲児がスコートラボに連絡をいれていたらしい、モバイルに皮肉八割業務連絡一割忠告一割のまだるっこしいメールが入っていた。
「いや、お前の料理ならなんでもいいさ」
美味いし。するりと口から落ちた言葉に甲児が嬉しそうにはにかむ。
 好きだな、と思う。
「そんなこと言って。ご飯くれる人には皆に言ってるんだろ」
どうぞと言って用意された食事は和食だ。有り合わせだけどと言うわりには天ぷらがあったりする辺りが甲児の性質をあらわしているようで好ましい。
「そんなことは…」
「あるだろ。ほら冷める前に食っちまってくれよ」
呆れたように片付けに向かうエプロンをつけた背中を思わず引き留める。
 握りしめた腕は前に会ったときと幾分も変わらない。細く、けれど引き締まった肉のついた綺麗な体。
 鎌首もたげた欲望を押し込めてにかっと笑った。
「付き合えよ。洗い物は後で俺がやるから」
ほのかに頬を染め唇を尖らせてしょうがないな、と言って向かいに座る。今の甲児が身に付けているのはほんの少し前、ダイグレンで生活していたとき同様のルームウェアでノースリーブに短パンというなんとも目の保養にはなるが危険な格好だ。
 白身魚のてんぷらを頬張りながらぽつぽつと話をする。頬杖をついてクロウの話を聞く甲児は日本に帰って高校に復学したらしい。留年はしなくてすんだようだ。少しほっとすした。
 味噌汁を啜って丼に山盛りにされた白米を頬張る。少しばかり喉が乾けばいい具合に茶を差し出された。顔をあげれば、慈しむような顔をして甲児が笑っている。柄にもなく熱の集まる頬を誤魔化すようにかいて茶を口に含んだ。
「シローじゃないんだから、そんなにがっつくなよ…って言ったって無駄なんだろうな」
くすくす笑う少女の腕をとってこの広くはない食卓台に縫いとめたらどんな顔をするだろう。最後に残った白身魚を咀嚼しながら考える。
 嫌だといって抵抗するだろう、もしかするとされている行為の意味がわからずきょとんとするだろうか、あるいは馬鹿をするなと怒り狂うかもしれない。
 ご馳走さまでしたと言えばお粗末様でしたと返される。皿を重ねて持ちシンクへ立てば集団生活をしていたときのように甲児が自然と隣に立った。
「もう遅いし、二人でやった方が早いだろ」
布巾を手に見上げてくる。
 にこりと笑う顔が好きだと思う。クロウの片手で持ててしまうのではないかという細い首から薄い肩、比較的小さめの胸元までこの身長差では丸見えだ。そっと視線をずらして皿洗いに集中する。
 滅茶苦茶にしてやりたいと思う反面大事に大事に真綿でくるむように慈しみたいとも思う。恋とはそんなものであっただろうか、ハイスクール以来の青臭い感情に苦笑して最後の皿を甲児に手渡した。
 クロウは自分がこの年下の少女に抱く感情を正確に把握していた。馬鹿なことに、恋をしているらしい。
「部屋、分かるよな?いつもの客間使ってくれたらいいから」
そして残念なことに甲児も同様の(きっと自分のものより淡くて美しい)感情をクロウに向けて抱いている。本人が気づいているかいないかは分からないが。
 すぐに背を向けないのは多分別れがたいから、何か言いかけてやめる甲児の肩をつかんで体を反転させた。向けた先は彼女の居候先での自室。
 戸惑うように名を呼ばれるが苦笑してその背を押した。
「早く寝ないと大きくなれないぞ」
鋭いローキックが丈の合わないジャージに包まれた足を襲う。
「馬鹿!セクハラ!おキツネ博士に言いつけるぞ!!」
顔を真っ赤にした甲児がばっと身を翻して自室に駆けていった。何がセクハラだというのだ、ただ身長をまだ欲しがっている事を知っているから親切で言ったというのに。
 蹴られた脛を押さえて悶絶していると眠たげな目をしたシローが気の毒そうな顔をして廊下の曲がり角から顔をのぞかせた。
「クロウは肝心なとこでデリカシーが足りないんだよな」
なんだというのだ。シローはそのままそそくさとお手洗いに行ってしまう。
 残されたクロウはよたりと立ち上がり宛がわれた客間に向かった。鋭さを増した蹴りに知らず口許がゆるむ。きっと、もっとずっとあの子供は強くなる。
 甲児のためにと言い訳してこの想いは握り潰すことを決めている。
 だが、彼女が必要としなくなるまでこの心地良い場所にいても良いだろうか。口から出されない問いかけに応えるひとは当然いない。









※どこがキスの日?
鱚の天ぷらおいしいですよね。

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